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無知が生む敵意「国をさいなみ滅ぼす魔物」が「憎悪の言動を広げる理由」。「煽る朝日新聞」・・朝日新聞デジタル、情報操作するプロパガンダ組織、朝日新聞。

無知が生む敵意「国をさいなみ滅ぼす魔物」

憎悪の言動、広がる理由」。「憎悪を煽る朝日新聞」・・・・朝日新聞デジタル、
ザ・コラム。情報操作するプロパガンダ組織、朝日新聞。30.10.25付け、
駒野編集委員記名記事である。

無知が生む敵意「国をさいなみ滅ぼす魔物」・・・うーーむ。「自己紹介」と思うほどの
的確な、朝日新聞の紹介記事ではある。

一方的な偏った情報を故意に載せて、煽る。戦前、戦中と同じ手法である。



---------------- 1923(大正12)年9月1日午前11時58分、マグニチュード7・9の激震が東京、神奈川などを襲った。関東大震災だ。

 各地で火の手が上がり、死者・行方不明者10万5千人余、焼失家屋21万2千軒余。警視庁なども焼失した。東京朝日新聞社を含む新聞社の多くも焼け落ちるなど被災して報道機能が失われる。

 そして未曽有の悲劇が始まった。

 大正デモクラシーを主導した政治学者、吉野作造の9月3日の日記にこうある。

 「朝鮮人に対する迫害始る 不逞(ふてい)(朝)鮮人の此(この)機に乗じて放火、投毒等を試むるものあり大に警戒を要すとなり 予の信ずる所に依(よ)れば宣伝のもとは警察官憲らし 無辜(むこ)の(朝)鮮人の難に斃(たお)るゝ者少らずといふ 日本人にして(朝)鮮人と誤られて死傷せるもありと云(い)ふ」

 震災下、取材にかけ回った記者の一人で、敗戦直後の朝日新聞社代表取締役、NHK会長も務めた野村秀雄が朝日の社内報に「天幕編集局」という文章を残している。社屋を失って皇居・二重橋前の広場にテントを立てて取材拠点を作った。

 2日夜に社会部記者が「飛んで来て『いま各所を(朝)鮮人が襲撃しているから、朝日新聞で触れ回ってくれと警視庁が言っている』と急報した」。この後「5、6人と自転車で全市の要所へ触れ回った」。

 完全なデマだった。4日付で手書き、謄写版刷りの新聞を出した。食料や列車の運行情報などと共に「武器を持つ勿(なか)れ」の見出しで「朝鮮人は全部が悪いのではない」「市民で武器を携えてはならぬと
戒厳令司令官から命令を出した」と呼びかけた。 ----------------


えーと、当時、「朴烈」なる人物は「皇族」の爆殺を計画し、のちに逮捕されたのではないか・・・・・。
当時の社会状況の朝鮮人は何をやっていたのか書かなければ
何故、そのようなデマ・・・本当にデマだったのかも不明である。


大韓帝国末期の慶尚北道聞慶郡麻城面の農家に生まれた。三・一運動後、京城高等普通学校を中退して1919年に日本へ渡った。以後、朝鮮を併合した日本への敵意から無政府主義活動に参加、黒濤会、不逞社(ふていしゃ)などを結成、雑誌『太い鮮人(ふていせんじん)』[注 1]を発刊した。この間に朝鮮で暮らしたこともある無政府主義者の日本人の思想家である金子文子と愛人関係となり、同棲した。1923年の関東大震災の2日後、治安警察法の予防検束を口実にして文子とともに逮捕された。(朴烈事件)
朝鮮独立運動家と思われていた朴烈を取り締まることが目的であったが、特別に反乱を準備していたようなめぼしい証拠はなく、逮捕理由は不十分であった。しかし予審などで朴烈自らが天皇を暗殺しようとしていたと供述したことから、爆発物取締罰則違反から一転して、大逆罪で告発された。1926年3月には死刑判決が下された後、同年4月になって天皇の慈悲による恩赦によって無期懲役に減刑されると、朴烈は激怒した。朴烈は減刑拒否を宣言したが、無視されて無期懲役刑に決まった


この時代の一背景である。
当時、震災において約2万人の朝鮮人を保護という史書もあるのだが・・・
さらにいつもこの震災で思うのは、朝鮮人の震災による被害者は何人なのだろうか。
被害人数を見たことがないのだが・・・・・。

---------------- デマはあっという間に広がった。家族や仲間を守るため組まれた自警団による朝鮮人捜しが繰り広げられた。見つけると暴行を加え、警察が保護しても引き渡せ、という者まで現れた。何人の朝鮮人が殺されたのか不明だ。起訴事件の被害者は233人、一方、約6千人との主張もある。----------------

この約6000人被害者は、当時の上海の朝鮮人組織の出した数字である。現場にもいない上海
の組織に何故、わかるのか大きな謎である・・・ようはでたらめな数字である。

なぜ、このようなフェイクニュースで、憎悪を煽るのだろうか。
駒野編集委員なる朝日新聞の記者は、責任がとれるのであろうか。
数十年後、この人の名前は残りますよ。
一応、WEB上に記録として残すために、このブログを記している面もあるのである。
朝日新聞は、戦前から、低劣な新聞だったのである。

さてそこで、朝日新聞。30.10.25付け、駒野編集委員なる人物の目的を推論したい。
当然彼は、当時の朝鮮人騒乱の社会背景は知っているのである。なぜなら当時の新聞を
読めば、大量のデータがでてくるのである。
彼の組織のプロパガンダは、一部のデマと「思われる事件」で、当時の朝鮮人が関連した
事件を印象操作しているのである。

デマよりもはるかに真実の方が多かったのである。何故なら、当時2万人もの朝鮮人が
保護されたとある。騒乱があったから保護されたのであろう。さらに、駒野編集委員なる人物
書く。

---------------- 私は右でも左でも、どんな言論も容認されるべきで、あらゆる制限は、言論の自由、多様性を損なうと考えるから反対だ。 ただし、敵意を呼び起こす言論には社会を破壊する毒があることを、放つ者は自覚すべきだ。破壊が巻き起こす諸悪の責任も取らねばならない。今日も敵意が売り物の雑誌が書店に並ぶ。責任逃れは許さない。----------------

まあ、よくも書けるものである。自覚すべきはあなた方ではないのか。
一方的な情報を垂れ流し、国内に毒をまき散らし、憎悪の種を仕込んでいく。
それは、通常、工作活動というのではないのだろうか。
あきれた新聞社である。まあ、人類が居る限り、ネットがある限り、そのような卑劣・卑怯な
行いは残っていくと思うのではあるが・・・・・・。

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河野ななせ。

Author:河野ななせ。
そろそろ第二の人生設計をしようかと。
なかなかなあ。
多分、始まるかな・・。29年末。

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